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2015.12.31

人類に星間移動はできるのだろうか?

極端に言えば、テロは世界を変化させる媒質かもしれない。テロが起こる背景を考えると、現在の世界の構造が見えてくる。
テロは極度に純度を増した少数派による政治の行使である。内容を問わず、これまでの歴史のどのような場面にもあてはまってきたのではないかと思う。

ISの一連のテロが見せているものは、言わば世界の巨大な裂け目であり、その深さは計りしれない。その裂け目の大きさに、あらためて世界は戦慄している。これまでの国家観や、国家に付随する制度は無力であり、さらに国家連合である国連も無力である。国連はこのようなテロに直接的には対処することはできない。
もしもこの問題の解決を期待できるものがあるとしたら、経済、文化、教育、医療などであり、それこそ従来にはない社会性をもった人々のつながりでしかない。いっぽう、まったく無力なのは、軍事や国家戦略のようなものだ。中東の危機は、19世紀から20世紀を通じて進行してきたさまざまな国家的な思惑の結果によるものだ。

2015年は、この四半世紀の間に生じてきた大きな裂け目がこれまでにない形で露出してきた時期だっただろう。
日本政府は、憲法解釈を無理やり変えて、集団安全保障へと枠組みを変えた。「中国脅威論」や「領土問題」という、20世紀的な心情や、国家間の軍事協力の必要性など様々な理由をつけたものだ。しかし、テロという観点からすれば、集団安全保障は、テロに対処できない。なぜなら国家間戦争ではないからだ。
テロは、本来は地域に限定されたものだ。だが、いまやテロは、国際テロになってしまった。それは、旧来の地域概念のスケールが大きく変わったことを示している。

把握しにくい国際問題の位相をどのようにとらえるかは、これからの世界を考察するうえで重要なことだ。テロの余韻が冷めない時期に開催されたCOP21(第21回国連気候変動枠組み条約締約国会議)が、18年ぶりに温暖化防止などについて合意に達した。このことにはいくつかの背景があるだろう。一つは、温暖化ガスを出さない技術の展望が以前よりも見えてきたことである。だが、この合意へと向かわせたもう一つの要因は、実は数週間前に起こったテロであると言ってもいいだろう。
世界は貧富の差が大きい。人口比でみれば、7人に1人の割合にすぎない先進国の10億人にほとんどの富が集中し、逆に同じ割合の人口は、飢餓と隣り合わせにある。電気も無い20億人の人々に、エネルギー消費からの温暖化ガスの削減を強制するのはもともと無理な話だ。さらに言えば、飢餓と隣り合わせにある人たちの絶望的な状況を考えれば、わずかな可能性にでも賭けるしかない。

われわれは、世界をかなり包括的に見なければならないところに来ているのだ。政治は、大国でも、また少数派のさまざまな政治形態であっても、それ自体で解決するものはなく、多くは政治力学的にしか決着がつけられてしまう。(政治力学だけで決着が図られようとしているのは、国内では沖縄と日本政府との関係に見られるだろう。)

COP21は「産業革命」以来の歴史を顧みることとなった。産業革命以後の生産様式は化石燃料に依存し、温暖化を促進してきた。そしてさらに先進国が植民地を世界に広げていった歴史でもある。産業革命以後の二百数十年間をやっととらえられるところで合意が形成されるようになったのが、今回の国際会議の意義なのだ。

「宇宙船地球号」は、建築家であり思想家であるバクミンスター・フラーがすでに半世紀も前に語った概念だ。地球についてのイメージとして的確なものの一つだ。このレベルでの認識に到達しなければ、われわれの未来はない。
実際の宇宙船で宇宙空間を移動するようになるには、まだ時間があるだろう。だがフラーによって定義された宇宙船である「地球号」は、ずっと宇宙を移動している。

我々は、あらためて星間移動する宇宙船のイメージを強く持つべきだろう。世界中の宇宙船乗組員にエネルギーと食糧を公平にいきわたらせることから始めよう。


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