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2014.10.30

芸術物語

芸術史にまつわる「物語」は多々あるが、社会史から見た「同時代性」を共有したものが多い。

その典型はロマン主義。18〜19世紀の西欧近代のロマン主義は、文学、美術、音楽、そして政治までを含めた芸術物語の典型の一つだ。まさにロマンチックで革命への思いをはらんだ熱い感情が、国を越えて広がっていった文化だ。このロマン主義な衝動は、その後も波紋のようにつながってきた。

芸術には常に物語があり、物語があってこそ「名作」は世に知られ、残っていくものだろう。文学、美術、音楽などの個別のジャンルの歴史でも、物語られてきたものである。

しかし、1990年代以降にポストモダニズムの傾向が顕著になって、芸術諸分野における歴史性をおびた物語は、ほぼ消滅してしまった。
それまでの芸術は、ある強固なストーリーで解釈していれば良かったし、それが所属する大きな物語の変遷を語る歴史が存在していた。
近代のロマン主義、自然主義、象徴主義、超現実主義あたりまでは、文学、美術、音楽は、ある物語を共有していた。美術と音楽の関係でも、ミニマリズムあたりまでは、共有する明確な物語的な内容を持っていた。
だが1990年代以降の芸術は、とくに大きな物語では語ることができなくなった。美術史は、80年代までは、ある主要な特徴をもった傾向を連ねて説明することができた。その最後はコンセプチュアリズムあたりだ。
80年代の抽象表現主義的なリバイバルは、単に市場的な需要によってもたらされたものだし、中国の現代美術作品のブームも、「社会主義」の「物語」を利用して市場的な興味をもとに作られたものだ。もっとも後者は、欧米を中心とした美術の物語の面白みが失われてしまった時代に登場し、欧米以外の地域の物語を世界市場に持ち出すきっかけとなっており、非西洋の物語の始まりとしてのストーリーを提供している(もちろんそこには非西洋圏の経済の拡大ということもある)。
日本の美術作品も、「オタク文化」というある意味突出したポストモダン的な傾向に特化したものがとりわけ注目されたのも、そういう物語に価値があるからだ。

近現代美術史を語ってきた方法は、しばらく前までは有効であったが、現在直下の状況を語るにはあまり手がかりにはならないだろう。
ただ物語の消費というあり方さえも、いっぽうでかなり「消費」されていて、それでもけっきょく芸術は新たな物語を期待されている。

それがあらたに書けるかどうかは、アーティストの課題。


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