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2014.09.27

データが支える国家史

人間は「サル目としては極めて大型の種」であると説明されると、そうか、自分はサルからの発展形なんだなと思う。

生物種としてサルから分かれて人間として歩み始め、さらに「社会」を形成してきた。その社会は、仔細に内容がわかるものはまだ六千年ほどのものだ。また文字による記録によって、その社会制度がどのようなものであったかがわかる。

昨今の東南アジア、極東での国家間の領土問題で、領土の所有がどの国に属するかというやりとりが、古代の資料が根拠とされているのは、きわめて「21世紀的」なことだと言える。なぜなら20世紀は、そのような古代史に示された領土の定義で、領土を確定しようなどとは考えられなかった。世界に近代国家が60カ国ほどあるだけで、その他の部分は植民地か属国のような20世紀前半までは、国家の主権にもとづく領土というのは、限られた範囲にしかなかった。
1934年に発効した「国家の権利及び義務に関する条約(モンテビデオ条約)」の,第1条では「国家の要件」は:
1 永久的住民
2 明確な領域
3 政府
4 他国と関係を取り結ぶ能力
と定義している。
第二次大戦後は、次第に多くの国が独立し、独立国家の数は、かつての三倍を越えている。ただこれまでのところ、国家の「明確な領域」は植民地時代に定められたものが色濃く残っている(とりわけアフリカ)。

いまこのような枠組みを変えて領土を確保するのは、資源の確保が動機になることが多い。つい最近のスコットランドの独立騒動は、いまさら英連邦から脱退することなど、あり得そうもないところに起こったことで、その背後には資源問題があった。もともとスコットランドの独立というのは、文化的な背景をもって政治にもいくらかの影響はあったが現実性はとぼしかったものだ。

アジアで起きている領土問題も、ほとんど資源問題が中心であるが、それが文化や民族主義などの装いを持っている。ある場所が、自分が所属する国家とその民族のものであったことを示す文献が、現在、再度、意義を持ち出しているのは、人類史的に考えても面白い。(このようなことを機に、古代史の地政学的な意味を問うことが盛んになった。)

このように現在の社会の背後にあるのは、文字で示された歴史主義なのだ。未来主義があるならば、古代主義ともいうべき価値観があるだろう。

歴史というのはデータの積み重ねであり、そのデータをうまく使うのが、現在の国家に必要な技術だ。古代史データは、現在のビッグデータのように利用価値がある。

国家はいつもデータで支えられている。

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