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2014.08.29

未来主義

「戦争は美しいものである。なぜなら、ガスマスクや威嚇拡声器や火焔放射器や小型戦車によって、人間の力が機械を支配していることを証明できるからだ。戦争は美しい」
フィリッポ・マリネティ「未来派宣言」より


ふだんはあまり意識していないのだが、あえて近・現代美術史のなかの芸術の潮流を俯瞰していると、ほぼいつも目をとめるのは、ロシアアヴァンギャルド、未来派、ダダ、ネオダダ、コンセプチュアリズムだ。

とりわけイタリア未来派は、アートのミーハーな特徴を最初に世界近現代美術史に記した潮流だ。その後は、超現実主義、ダダからポップアートを経て、現在のミーハー系のアートに続く。美術批評家は、そのミーハーな部分にもっともらしい解釈を加える。それが現代アートの表現と批評の構造だが、その先駆的な部分を担ったのがイタリア未来派だ。

この未来派宣言は、20世紀のはじめの方にでたものだが、その世紀のかなり長い時期に通底していた感覚を表しているかもしれない。テクノロジーが開くものは、常に未知のものであり、そこには常に新たなロジックや認識を持っている。
機械、テクノロジーの進歩は、近代から現代、そしてこれからの未来にもわたって、加速度的に進むものであり、それが停止するときは、歴史の終焉を意味する。進歩するということは止められない。
それは生物の進化と同じことで、常に進化し続けている。現在に於いて、生物の最高の進化形態である人間でさえもまだ進化の途中にあると考えられる。
ただ人間は、生存ということに関して、かなりシリアスに考えなければならない段階にある。これは通常の認知活動のレベルをはるかに越えたものだ。これは科学をもってしかなし得ない(ただその科学の定義に関しては、人文主義的な考察が必要なのだろうが)。

未来主義的な傾向は、見かけのラジカルさ、奇矯なあり方にも関わらず、政治的には保守主義やファシズムに流れていきがちかもしれない。

未来に対して、われわれがまずとるべきは、20世紀的な方法や価値観を止揚することだ。


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