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2014.02.16

マリボル

ドラバ川が中心を流れる美しい街マリボル(Maribor)。

2月の初めから一ヶ月、スロヴェニアのマリボルに滞在する。ここのアーティスト・イン・レジデンス・プログラムに参加して、制作や発表を行う。

この街の人口は9万人ほどだという。それでもスロヴェニアで二番目の都市。スロヴェニアという国の人口は200万人だ。
東京都だけで1200万人、ぼくが生まれた目黒区が都心部の人口減があってもここの3倍以上の人口がある。そう比較すると、とても小さい街と国だ。

この国のことはあまりよく知らない。かつてユーゴスラビアの一部だった。ユーゴスラビアには当時のソ連の方向からは独立した、ユニークなチトー大統領がいたのをぼんやりと思い出す。学生のころにそのユーゴスラビアのアニメーションを見て、この国は、自由な雰囲気のある国だなと思ったことがある。彼は「七つの国境、六つの共和国、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字、一つの国家」と言っていた。彼の独特な方針でユーゴスラビア社会主義連邦共和国はまとまっていた。

しかし1991年から2000年までの間、いわゆるユーゴスラビア紛争があったのは記憶に新しい。ソ連の社会主義の崩壊をきっかけに、ここでも民族主義が勃興して、連邦は崩壊した。
スロヴェニアは、隣がオーストリアやイタリアで、西側諸国に近く、1991年に「十日間戦争」で早々と独立してしまった。しかしほかの旧ユーゴの地域では、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争、コソボ紛争という凄惨な争いが続いた。
スロヴェニアの独立が早かったのは、もともとドイツ圏とイタリアを結ぶ要所である地政学的な点が大きいのかもしれない。

しかしおそらくそれだけではないのではないかというのを空気のなかに感じる。それは街が文化的なのだ。東京の一つの区よりもずっと小さいにも関わらず、そして経済も不振にも関わらず、人々は文化的な事柄への関心が高い。その文化も高尚なものだけでなく、クラブのような若者文化にいたるまで盛んなのだ。
スロヴェニアの歴史は、非常に複雑だ。逆に日本の歴史はかなり単純なのかもしれない。

特異な発明家ニコラ・テスラは、この街の大学に通っていたそうだ。彼は隣国のクロアチア人だ。テスラは、放蕩学生で、父親に故郷に連れ戻されたという。
また哲学者のスラヴォイ・ジジェクは、スロヴェニア人で首都リュブリアナの大学で教えている。ジジェクのことを語るのは、またの機会にするが、ジジェクがなにか時代錯誤の共産主義を持ち出しているというのは、言ってみればスタイルに過ぎないように思える。それはこの国の美しさと地政学的な位置に関連しているように思える。

いろいろな都市に滞在してきたが、ぼくは意外と、この小さな街の心地よさが気に入っている。


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