恋地情結 Topophilia
ヨハネス・フェルメールの「天文学者」と「地理学者」は、前者が1668年ごろ、後者が翌年あたりに描かれたと考えられている。大航海時代を受けた後、17世紀の自然科学の発展や観測機器の発達などを受けて地理学が新しい転機を迎えたのを象徴しているだろう。(ちなみに地理学者のモデルは公式に記録された人物は特定されていないが、フェルメールと同郷で同年誕生のアントニ・ファン・レーウェンフックではないかと思われている。彼は歴史上はじめて顕微鏡を使って微生物を観察した人物である。フェルメールはそういう学者と親交があったことを絵画を通して示している。)
地理学はもともと農耕、戦争、統治などのために発達してきたし、現在もそれらは基本的な構成要素であるだろう。しかし学問としては、自然科学のみならず人文科学の学問の諸領域とも関連した領域になっている。
東北での震災と津波の被害を衛星写真で見たり、また地震によって地面そのものがずれたり、陥没したり、隆起したりした地形の変化や、原発事故による放射線の拡散を示す情報などを把握したり、また被災地へ送る物資輸送のための地図を見たりするうちに、自分が地理的な情報に、日々のなかで、より鋭敏になっているような気がする。
そしてさらに、地理的な情報が単に位置情報を地図の上で表すという抽象的な作業よりも、その場所に吹く風や土の香りや植生や人々の営みや、生物の棲息状況に関心がいくようになっている。
たぶんこれは、生物が正常に棲息、成長するのに適しない場所が身近に出現したことに、逆に誘発された結果だと思う。もちろんもともと生態系や環境問題への関心はとても強いのだが、いまやそれ以上のところに到っているように思える。
ところでイーフ・トゥアン(段義孚Yi-Fu Tuan)の「トポフォリアTopophilia」という書籍のタイトルの中国語訳が「恋地情结( 恋地情結)」だと知って、「ふうん」と思っている。この漢訳というのは、英文の原題ではつかめない感覚的な理解がある。
Topophiliaは、Webster社の New International Dictionary of the English Language では "love of place"。さらに"It is a term used to describe the strong sense of place or identity among certain peoples"となっている。
英国生まれのアメリカの詩人W.H.オーデンが作り、フランスの現象学者ガストン・バシュラールが使い、トゥアンによって広められたこの言葉は、ギリシャ語の「場所place」を表すtopo- or top-に -philia, 「〜の/〜のための愛love of/for」を表す語尾によって構成されたものだ。
ちなみに日本語訳では「場所愛」というのだが、なにか物足りない印象があるのは、「場所」という言葉にあまり文化的な余韻が無いからかもしれない。
トポフィリアには、土地、場所、地域などに対する様々な文化や思いが詰まっている。「位置情報」という最新技術が、さまざまな形で利用可能になったいま、また新しい感覚のトポフィリアがあるように思う。
そして東北地方への恋地情結も。

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