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2005.09.11

911 as Blackhole

911がまたやってきた。どうしてもこの日が気になるものだ。(今回は衆議院選挙投票日と重なっているが、911を身近に感じている国民はそれほど多くないかもしれない。たしかに衆院選と911は直接は関係ないが、グローバリゼーションの世界的傾向と郵政法案は同じ流れのなかにある。)

911は、現在よりもさらに今後、その意味を増すことになるだろうというようなことを、数日前に建築家のレム・コールハウスが東京でのレクチャーで言っていた。たしかにそうかもしれない。(ちなみに世界、とくにアジアを軸に語ったこの日のレクチャーは非常に刺激的だった。ただそれで「どのような建築がデザインされるのか?」というところはあまり明確ではなかったようにも思う。)

911というのは、ブラックホールのようなもので、ぼくもあの日、事件の9時間ほど前にはニューヨークにいたし、事件が起きたときには、フィラデルフィアでの現場にそれほど遠くないピッツバーグにいた。まるでブラックホールに引き込まれる小惑星のようにして、あの事件を経験することになったような気がする。

1990年代あたりから顕著になる一つの傾向であるグローバリゼーションの、その派生的な結果のように見える911だが、実はもっと根源的なインパクトを持っているかもしれない。

ただ世界は悲観的なものを予感させているだけのようだが、むしろ「20世紀」的、「国家」的、「民族」的なものへの、これまで答えられてこなかった課題がつきつけられていて、これをクリアするための時期のなかにいるように思う。たしかに、これらの課題は難しい。しかし、世界には新しい価値観と方法が必要だ。

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