2012.05.20

フィクション

目前に起こっていることを見極めるのは難しい。多くの場合、過去と照応して見極めようとする。しかし新しい事態というのは、過去をたずねて見つかるものではない。

現在はかなり大きな転換点であるだろう。が、むしろずっと「転換点」であるようなところに人間の歴史が入っているかもしれない。歴史の変化、あるいは進化と言ってもいいかもしれないが、これは加速化しているということは、確実なことで、これを過去の尺度で測ろうとしても無理だ。
もしも仮に、そのような変化を感じることがきでない地域があるとしたら、そこはむしろ没落の方向に向かっていると言ってもいいだろう。それは地域だけでなく、人の認識も同様だ。認識が滞るということはおそらく不断にあるだろう。人間の認識はそう簡単にアップデートはできないからだ。
また個人の資質の問題だけでなく、現在を決定する要因は、同時に多地域、多領域で起こるからであり、それをつかみ取るのは至難だ。もちろん情報の流れは急速に展開しているので、いたちこっごの様だが、マルチな言語感覚があれば、世界同時/多領域に情報をつかみとっていくことも基本的には可能だ。

伊藤計劃の小説を読んだ。ぼくは、ふだんはあまり小説を読まないだが、彼の小説にはまった。なぜそれにはまったのかというと、それは彼のストーリーの切り口だ。
ぼくが彼の小説のなかで感じるのは、現実も小説と同じくらいにフィクティブだということで、彼はそのスタンスで小説を書いたということだ。
いま一般的に書かれているシナリオ、つまり各国の政府や国際組織などが書いたシナリオは、話のつじつまをあわせるためのG8のような「サミット」というのは、調整的なフィクションのようなものであるということだ。それは国際政治のような目に見えやすい、あからさまなストーリー展開だけにあるのではなく、ソーシャルネットワークが「民主化」運動を促進しているというようなストーリーにも書かれているものも含まれている。

そういうフィクティブな要素というのは、いつも政治が利用するもので、豊かな生活をめざすハッピーな生活水準の目標から、領土問題のような愛国ストーリーが書きやすいものまで、たくさん出揃っている。
そのフィクティブなことをどれだけうまく活かすかというのが、大衆政治の盛り上がりの秘訣でもある。ファシズムも、自由主義も、そのほかなんでも、フィクティブなもので操作するのが「政治」である。

このあたり、はやく気がつくといいだろう。クリティカルな考えがもっと広がると世界は次のステージに入れるのだが。

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2012.05.02

Digital Therapy Instituteのこと

Digital Therapy Institute (=DTI) は、1993年のCanonアートラボのPsycoscape展で、観客が意識の操作によって脳波の周波数を変えることでCGで移動してゆく映像をコントロールする装置であるBrainwave riderを発表した。その後、2004年のミネアポリスのFISEA、翌年のヘルシンキでのISEA、ほかにルクセンブルグ、ロンドンなどで次々と展覧会をやった。

アートラボのカタログのために書いた文章をもとに、MIT Pressが発行するエレクトロニクアート誌Leonardoでこのプロジェクトについて論文が掲載されたし、またドイツの美術雑誌Kunstforumの電子芸術の特集でも、Brainwave riderとその思想について論文を書いた。

これらの論文は、海外の大学の授業でも使われたりした。それは、90年代にパソコンがマッキントッシュのGUIで少し市場が拡大し、しかし、まだインターネットはUNIXのネットワークではあったが、一般の人が利用するようにはなっていない時期、しかしTVゲームが次々と出て、それが来るべきさらなるデジタル社会を期待させるような時期だった。

そのDTIをいっしょにやっていたミュージシャン、アーティストであり、起業家であり、カンボジアでボランティア活動もやっていたヘンリー川原さんが亡くなったという知らせがさきほど入った。

展覧会以外にも、いっしょに旅をした思い出や、スタジオに入ってサウンドや映像を編集していたことが思いかえされるし、しばらく会っていないなかでカンボジアで再会し、今年も2月にカンボジアで会ったばかりだったことを思い出す。

そのむかし、ルクセンブルグでは、現在の大公がまだ少年で、家族で来られて作品を試されたし、ヘルシンキでは文部大臣の脳波を使った。ぼくたちは、招待されることも多かったが、それでも国や財団などの支援も無いので、わりと自費で参加していたのだが、デジタル技術の日本のアーティストとして出ていた。

人間は全力でいろいろなことをやっても、あまりたいしたことはできないものかもしれない。ぼくはまたDTIという名前のバンドをやらないかと、川原さんに話していた。彼はそうだねぇと言っていた。

とても残念だが、いまとなっては実現できない。

Dtia_2

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2012.04.29

東洋と西洋

グローバリズムの時代に、東洋と西洋という二律の設定の仕方はあまり意味がない。アフリカ、中南米、オセアニアはどうだ?東と西ではわけることはできない。

だが文化(あるいは文明と言ってもいいかもしれないが)は、その特徴で考えると、少なくとも20世紀までは東と西の分割であっただろう。20世紀の後半、つまり第二次大戦後、第三世界という概念がでてきた。地理的にはアジア、アフリカ、ラテンアメリカだ。そしてさらに富める国と貧しい国というニュアンスを持った「南北問題」というような概念も出てきた。北は先進国で豊かで、南は開発途上国で貧しい。

もともと「東洋」という概念は、ここでは同じ漢字語であっても、日本語の意味で使っていて、中国にとっての東洋というのは、一般的には日本のような中国の東にある非文明的な地域のことか、あるいは北洋や南洋というような海洋の呼び名のことだ。日本語の東洋は、中国語では東方となる。

また西欧にとっての東方を意味する「オリエント」は、ある時は、エジプト、メソポタミア、ペルシャなどの古代オリエントのことであったり、さらに拡張して東アジアをさす場合もある。

ぼくの感覚的な定義としての東洋は、インドを境目に、中国、朝鮮、日本の極東と、インドシナ半島の国々と、東南アジアの島々に横たわった地域だ。そして文化の源流という点では、やはり中国古代文明を源にしたものだ。

しかし最近思うのだが、どうも東洋の精神文化がどんどんと受け入れられた結果、西洋の方が東洋的になってきているような印象がある。また東洋の精神文化を忘れた東洋は、むしろかつての西洋帝国主義的な論理に近くなっているように思える。

東洋文化に詳しく、深く影響されている欧米人を見ていると、東洋はあなたたちのものですと言えるような気がする。東洋の深いものは、もしかするとすでに西洋にあるのでは?

東洋に住む、古代東洋人の末裔であるぼくたちよりも、西洋人の、しかもとくに西洋の知識人の方が、より東洋的な気がする。

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2012.04.22

タイムライン

タイムラインというのは、誰もがこれまで以上に意識するものになった。(タイムラインのぴったりする和訳がないのだが、あえて言えば「時間配列」「時系列」かもしれないがどうだろう?)

これはまさにソーシャルメディアの影響だ。タイムラインという言葉が一般化している原因はここにある。
それまではタイムラインなどというのは、それほど日常的に意識するものではなく、時間は大雑把にしか整理されていなかった。

Facebookのタイムラインほど、「個人史」「自分史」の領域に入り込んだものはないだろう。自ら自分の生い立ちをここに書き込んでいく人もかなりいる。なにしろこのタイムラインは、「誕生=born」から始まっているのだ。
たとえこのタイムライン登場以前の自分史を書き込まなかったとしても、現在、Facebookを利用しているのなら、自然に自分史ができあがっていく。いまはさりげない一言であっても、そこには時間性があって、また場所性さえもともなっているものだ。

これまで、ほとんどの個人は、「歴史」の流れのなかでは、名もなき存在である。もちろんその歴史は、歴史が編纂されて存在する地域での話だが。
歴史に名を残すのは、まさに気が遠くなる様な数を分母とした一つの確率であるように思える。(もしかするとそうではないかもしれないが)

歴史的な存在としての人間、あるいは個人というのは、近代の哲学的な命題で、哲学書を読んでいる間や、革命とか社会変動のさなかでは、そうかなとか思うかもしれないが、日常生活レベルでは、実感は無いものだ。

また「歴史」というものが声高にふりまわされる時というのは、だいたいろくなものではない。なぜなら歴史というのは、国家が編纂してきたからだ。

ぼくはいま、歴史はこの一連のタイムラインによって、(おかしな言い方だが)「民営化」されてきているように思う。

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2012.04.08

Tensegrity

tensegrityというコンセプトに刺激されている。同じ言葉でも、角度を変えると異なるものが見えてくる。

アーティストあるいはアートに詳しい人ならば、tensegrityと呼ばれる構造を見れば、すぐわかる構造体だ。たとえば以下のようなものだ。

彫刻家のケネス・スネルソンKenneth Snelsonが提唱し、作品として発表したものだが、この概念を社会的に広めたのは、建築家であり、思想家でもあるバクミンスター・フラーだ。フラーが構築する構造体にも使われている。
そしてこの概念は、フラーたちの構造体にとどまらず、建築やデザイン、生物学や政治まで広まっている。まさにイメージが与えられることによって、それまで気がつかなかったさまざまな構造が具体的に見えてくるということだ。

tensegrityという言葉は、tension(張力)とintegrity(統合性)の二つの単語を組み合わせてできている。いったんイメージとして捉えられると、さまざまなところでその構造が見えてくる。
社会の構造でさえも、張力と統合性で捉えることができる。(現在の日本社会は、その構造に狂いが生じているかのようだ。)

ニューエイジの時代を代表するライターであるカルロス・カスタネダが、古代メキシコのトルテックの身体技法だとして1990年代に始めたTensegrityは、上記の事柄とあわせて考えるとなにか奇妙な興味を持ってしまう。
ぼくは、カスタネダの代表作である「ドン・ファンの教え」については論理的な整合性ではピンと来ない。フィクティブな「物語」としてとらえて、60年代の文化とあわせて考えると、これが与えた文化的インパクトはわかる。が、「おもしろい、よくできたフィクション」という印象だ。
もちろん文化としてはおもしろい。1973年3月5日号のTIME誌のカバー記事にもなったぐらいだから、当時、社会的にも大きな影響があったものだ。バロウズやギンズバーグにも見られる様に、メキシコの幻覚性の植物は、人間の通常の意識状態を突き破るものとして捉えられていた。それが人工的産物としてはLSDになる。この時代は、ビートルズもLSDを体験したように、誰もが「変性意識」などに憧れたりしたものだ。また薬などによって、通常の意識ではとらえられないものを体験するということ自体は非常に興味深いものではある。

一方で、カスタネダの身体技法としてのTensegrityは、気功や武術の呼吸法や身体操作法に共通するものがあって、技術的におもしろい。それがトルテックの呪術者がほんとうに伝承してきたものあるかどうかの真偽は別にして、動きが理にかなっているのは、様々な運動や武術に関わっている者ならわかると思う。

そして、ぼくがいま興味を持っているのは、身体を張力と統合性でとらえるということである。
これは神秘主義でもなければ、なにか具体的な論理でもなくて、むしろ経験的なことだ。

数年前のことだが、自分の父が亡くなる瞬間まで、マッサージをして身体に触れていた。生きている間はずっとあったテンションが臨終の時に、きゅうに消えたのを覚えた。ぼくはその時、人間というのは、あるいは生命というのは「張り」なのだと思った。

張りと統合、あらためてとらえてみるべきもののように思う。それは身体でも、社会でも、文化についてでも言えるように思う。
ダイナミズムというのは、生物や自然現象だけでなく、社会やその時間的な経過である歴史のなかでも感じ取れるものだ。そしてそこには張りと弛みがある。


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2012.03.29

感じることとインタフェース

心をできるかぎり空虚にし、しっかりと静かな気持ちを守っていく。すると、万物は、あまねく生成変化しているが、わたしには、それらが未知に復帰するさまが見てとれる。そもそも、万物はさかんに生成の活動をしながら、それぞれの根元に復帰するのだ。

老子 第十六章 蜂屋邦夫訳注

湯川秀樹博士が幼いときから漢籍に親しんだ、あるいはそのような家庭教育のなかにあったことが、その後の理論物理学のすばらしい業績にどのように関連しているのかは、ほんとうに興味深い。

目前に展開している事象は、華々しく見えても、本質的なものは見えにくい。くだらなかったり、派手であったり、ばかげたように見えるものでも、本質にすごいものがある場合もあるだろうから否定はするべきではない。

なにか本質的なものの見方のための方法論があって、それを示唆する方法は、イマジネーションのなかにあるのかもしれない。
瞑想する人はいろいろな分野で多い。瞑想というのは、説明しにくいものだ。なぜ瞑想するのかと問われて、適切に答えられない。

ここのところ近くの公園にある山桃の木のしたで、立ったまま瞑想している。そのとき、いろいろなものを感じている。
感じるというのは何なのだろう?

インタフェースというのはそこにあるものではないか?

タオと交わって感応するところにインタフェース・デザインがあるかもしれない。

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2012.03.17

抽象化とエネルギー

さきに身体表現活動と図説について述べたが、精神活動というのはもともと形のないものだから、抽象的かというと、たしかに抽象ではあるが、具体性がない感覚的な世界のように思える。

だから禅の円相とか、タオの太極図というのは、かなり高度な抽象化と図像化が行われた結果だ。

もちろん原始キリスト教のイコンなども概念的であるし、イスラムの文様なども高度な概念を感じる。またイスラムの場合、コーランの文字は、イスラム教徒でなくとも、なにか荘厳な気配を感じるだろう。同様に、日蓮の南無妙法蓮華経の文字や、サンスクリット由来の梵字も強いインパクトを持っている。これらは文字自身が図像のパワーを持っている例だ。
道教、そして日本の陰陽道・修験道で使われる図というのも、高度に人の心に入り込む。

人間はある種の図像に、特殊に反応するようにできているのだろう。またマントラとかいわゆるまじないのような音声も、同様に、特殊に人間が感応するものがあるのだと思わせる。

人間は、誰でも、なにか神秘的なものに惹かれる習性を持っているのではないかと思うし、宗教的な感覚も普遍的に存在している。

そういうものは当たり前だとすでに前提にしている文化のなかにいる人たちもいるし、図像として学問のカテゴリーのなかで研究する人たちもいる。ぼくとしてはインタラクティブなデザインとして捉えかえすテーマだ。(例えば、一瞬にしてデータや構造を把握するとか)

精神的なエネルギーを表す図像というのは、人間がそれを受け取ってしまう構造になっているからこそ、やはり存在するものだ。これは生物の原理みたいなものであって、生物は自然のなかで図的パターンを利用しているのだが、ある特定の図的なパターンに反応するのは、生物的進化を通してあるものではないかと思う。(音の場合、鳴き声と声のような音として現れるので、もっとわかりやすいように思う。)

頭も、放鬆しなくては。

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2012.03.06

図説すること

楽譜、それも西洋で開発されて現在使用されている五線譜を使ったもの以外の、伝統楽器などの楽譜や、ダンス、舞踏、バレエなどのために作られた舞踏譜など、複雑な表現、身体活動を図示する方法というのは、かなり興味深い分野だ。

古琴という三千年以上も変化することのない楽器とその音楽を学ぶことによって、ぼくは古代の文化が伝承されることの意義を知ったのだが、同時に技術を解説し記憶し伝承するという方法論への関心も触発されたものだ。
実はこのことは、メディアアートやデジタルアートという表現寿命が極端に短いテクノロジカルなアートの存在と対照的でもあることに対しての逆説的な興味であるとも言える。
技術が加速度的に進むのに対して、これらの表現技術の有効時間はきわめて短い。とは言え、このことに対する有効な解決はあまりなく、より単純な記述方法、例えば文章、写真、映像、録音、描画などといったものの組み合わせで記録することがかろうじていまのところ有効である。

しかし、ほかにも表現や、複雑な文化の技術は無いのだろうか?

アメリカ議会図書館には多数の舞踏譜が収蔵されていて、過去のダンスの研究に役立てることができる。またそれをもとに過去のダンスを再演することもできる。
例えば、フランスのバロックダンスの舞踏譜から当時の舞踏を再演することができる。

身体を使った表現は、その身体の動きを記述するのは難しく、写真や映画のような光学式の映像装置の登場によって多くの記録が残されるようになった。また録音技術の発達も映像と並んで、重要な記録技術であり、両者の結合はいまや当然のことのようになっている。
しかし、そういう記録技術が発達しても、それでもなお身体表現を十全に記録するのは難しい。またその表現の背景にある思想などの文化になるとかなり困難なことになる。

そういうなかで、清朝末期に書かれた陳式の太極拳の思想や技を図説する「陳氏太極拳図説」は非常にユニークな本だ。この本には、武術の名称にもある太極という、道教的な概念の説明から始まる哲学的な事柄から、実際の武術での身体の動きやその身体内部への影響など、さまざまな内容が解説とともに図説されている。

図説というのは、実はかなりの技術なのだ。解説と図説は、無形文化財の保存にかなり貢献している。図説というのは、かなりの再現性のある技術として運用できるものなのではないだろうか。
こういうようなものにも再注目していかないと、文化は豊かにならないように思う。


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2012.02.29

新しいデザインの方法

先日、郡山で開催されたハッカソンに行った。ハッカソンは、ハッキングとマラソンをかけた言葉で、プログラミングを技術を決められた時間内で競うもので、いまやハッカソンの集まりだけでなく、研究所、大学、職場など、いろいろなところで行われている。
技術者の腕比べというのは、これまでにもたくさんあっただろうが、ハッカソンというのは、ゲームのようでとても楽しい。

デザインの歴史をずっと見ていくと、デザインが大きく変わる時には、なにか重要な要素があって、それは、社会の激変であったり、技術の進化であったり、またそのような客体的な変化に対して、デザインをする主体の側の方法や教育の変化であった。

現在のデザインで、これまでのデザインの歴史と比肩しうるような、変化の特質を読むとするなら、やはりそれは情報技術との関わりのなかにこそある。
技術の側の進歩はめざましい。最近のプロダクトで考えれば、スマートフォンであったり、ネットプログラミングで考えれば、ソーシャルネットワークなども、顕著な例だ。スマートフォン自身は、「形は機能に従う」というデザイン的な原理が働いて、結局、一つのフォーマットの形状やインタフェースのデザインにまとまっている。
インタフェースで考えれば、マルチタッチなどは、とても現在的な技術だ。しばらくはこういう技術が続くだろう。技術が先行して、ユーザビリティなどのデザイン要素はその後を追いかける。そういうパターンが続きそうに見える。

だが、ほんとうにそうなのか?それは従来のデザインのあり方で考えればそのように見えるものだ。だが、形が機能に従うのではなく、デザインがその機能そのものをデザインするというように考えたらどうなのだろうか。

デザインで求められている質が変わったのではないかと思う。新しいデザインに、ハッキングは不可欠なものではないかと思う。
そういう意味でも、ハッカソンというのは、デザイナーにとってもいい機会であり、デザイナーがハッカーであり、ハッカーがデザイナーであるような、そういう状況が21世紀のデザインのように思う。

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2012.02.17

機械とデザイン

デザイン史をあらためて捉えかえそうとしている。もともとはサステナブルな観点から、デザイン史を捉えかえすというのが目的だったのだが、ここのところ、機械とデザインの関係ひっかかっている。

このきっかけは、たまたま調べたEdgar Kaufmann, Jr.(エドガー・カウフマンJr)のTwelve Precepts of Modern Designのことからだ。邦訳では 「近代デザイン12の定理」として知られているもののようだが、ここの11項目が「11. 近代デザインは、機械が人間に奉仕できるように機械が習熟すべきである」となっているようなので驚いて、これは機械の知能、つまり人工知能の話が1950年に書かれた近代デザインに関する文献で出てくるのかと思った。(*注:日本の出版社から出ているらしいこの箇所についての訳書ではどうなっているのかはまだ未確認。現在はwebでの引用を見た結果なので、どのように翻訳されたものかはわからない)

いくらなんでも、どうも話がおかしいので、原文を調べると"11. Modern design should master the machine for the service of man. "となっている。これはやはり「近代デザインは、人のサービスのために機械をマスターすべきだ」という訳なのではないかと思う。(また「12の定理」となっている「Twelve Precepts」のpreceptは、日本語にぴったりする言葉は見つかりにくいが、「定理」というよりは「訓示」「教訓」みたいなものでもある。ちなみに原文は、言わばモダン家具デザインが主眼になったデザイン論である。)

まだ60年代のエクスパートシステムのような華々しく夢にあふれた人工知能の時代の前に、「機械が人間に奉仕できるように機械が習熟すべき」というようなことが、デザインの文脈で語られたらすごいものだが、これは訳の勇み足(?)で、著者はデザイナーのあり方として機械、それもおそらく道具としての機械をの利用を論じたのだろう。

だが、機械がデザインにもっと関わってきたらどうなるだろう。あるいは機械がデザイナーにとって代わることだって想定できないことではない。専門家としてのデザイナーの方法をベースにエクスパートシステムという従来型の知能だけでもかなりやれそうで、レイアウトを基本としたプロトタイプのほとんどのデザインのニーズはそれで済んでしまうかもしれない。
そうするとデザイナーの役割というのは、高度にクリエイティブなことだけに限られる。つまり、過去にないもの、未知の状況に対応するもの・・などが、デザインということになる。

ぼくの生きている間は、コンピュータは、かなり発達しても「人を賢くする道具」(D.A.ノーマン)の域を出ないだろうと思う。だから当面は、<デザイナーを賢くする道具>をデザインするというのが、デジタル系のプロダクト・デザイナーの任務のひとつではないかと思う。

そのずっと先に、未知のものもクリエイティブに創造することができる、デザインマシン、デザインアンドロイド・・・などが出てくるかもしれない。
ただデザインのニーズというのは、基本的には、人間の地球内での感覚に立脚したものだから、その範囲なら、思っている以上に、デザインそのものをメカニカルな知能が担うのは早いかもしれない。

しかし、そのあたりはよくわからない。カウフマンJr.が、近代デザインについて彼の考えを述べてから、すでに60年以上経っている。だが、これからの60年を考えてみても、これまでの60年以上に加速度的に歴史が進み、技術のおぼろげな予測があるものの、クリティカルポイントのようなものがあって、それで大きく変わるのかもしれないし、そうでもないかもしれない。

また「デザイン」の定義も変わっているかもしれない。デザインというのは、もっと崇高さもともなった高度なことを考察する作業となっているかもしれない。
現在のデザイナーたちが、線を引いたり、原型を作ったりしながらやっているようなことはそのころはデザインとは言わない様な気がする。

デザイナーは、太古の神官のような役目を担う職業であったとしたら、どうだろう?

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2012.02.07

meme

リチャード・ドーキンスの著作でかねてより知っていたつもりの「ミーム」meme。ユニークな考え方だなぐらいに思っていたのだが、熱帯のまぶしい太陽光線のもとでひさびさのご対面となった。カンボジアの熱帯樹に囲まれたデッキの上で本を開いて、せっかくの本の表紙がヤシの実のジュースの汁でもかかって汚れたらこまると思って、表紙カバーを外したら、その下には「Memes of the Japanese Avant-Garde: From Anarchism to Postwar Art」という文字がくっきりと印刷されている。

その本、「前衛の遺伝子 アナキズムから戦後美術へ」は新進気鋭の美術史研究者の足立元さんのかなりの力作の美術史研究の成果だ。この本は、日本の第二次大戦前の美術のアヴァンギャルドの歴史を詳細に光をあてたものだ。それだけでも、もとより体系的にこの分野の資料が少ないので、とても有意義なものだ。ぼく自身の頭のなかで断片化していた日本のアヴァンギャルドの知識に道筋がついた想いがある。
しかし彼は、あとがきでさらに「もう一つ不遜な意図を明かすならば、本書では、美術史の側から社会思想史のほうへ越境し、そこで読まれることを企んでいた」と述べている。これはさらに興味深い。

ところで「遺伝子」と「ミーム」は、ぼくの認識ではかなり違っている。ドーキンスは、動物行動学とか進化生物学の特異なところで活躍しているし、ミームというのは、既成の生物学や遺伝学に対して、アイロニカルなニュアンスをもった概念だと思っている。それでもMemeticsという分野ができているぐらいにそそるものがある。
ただぼくの認識と同様に、Memetics is a controversial theory of mental content based on an analogy with Darwinian evolutionというWikipediaでの解説があるように、ややキワモノ的なものだ。ただ「前衛のミーム」といっても、何がなんだかわからなくなるので、「前衛の遺伝子」のほうが適切だと思う。しかしこれが「Genes of the Japanese Avant-Garde」だとしたら、あるいはそういう意味だとしたら、困ることが出てしまう。なぜなら日本のアヴァンギャルドは、種の直系としてはもうとっくに絶滅している様に思えるからだ。

アナーキスティックなアヴァンギャルドは、それがmental contentであるなら、世代を越えても伝わっていって、いつかどこかで蘇る(?)かもしれない。
この本はそういう意味でもおもしろい。古いイメージだが、アナーキズムの爆弾が仕掛けられたようなものだ。

いまならミーム爆弾というべきか?

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2012.01.29

十二支と熱帯

太古から、日本というのは、孤立した島国ではなく、盛んにアジアの諸国と交易してきたし、人も南北と大陸から文化や技術をもって交流してきた。
そのように強く思うことで、日本のあり方を位置づけるべきだ。

北緯50°〜南緯35°の範囲にある世界各地域で稲作は行われ、現在では、米生産の約90%をアジアが占めるという。たしかに米はアジア的かもしれない。だが、思ったよりも米は世界中で食べられていて、アフリカのマリに行った時も、主食は米が多かった。(マリには「薩摩揚げ」そっくりのものもあった。)

古代日本への文化の流入経路は、大陸、北、南などで、南方アジアからの文化の影響も思っているよりも大きい。海流の流れにのってこの島国に文化は伝わってきた。

十二支のある地域というのは、日本列島から朝鮮半島、中国を通ってインドシナの国々だが、中国文化の影響のあるところを含めるとさらに広がっているかもしれない。十二支は、各国で大同小異があるが、今年の干支の「辰」というのはどこも共通してある。龍は想像上の生物だが、それに想いや願いをはせらせる気持ちも共通しているのではないだろうか。
たぶんアジアの多くの国々で、今年は辰年だと思う。そして多くの人が大きな飛躍を望んでいる。

アジアの文化の流れというのは、気の流れのように、流れ続けている。しかし、気の流れを感じるのに修練が必要なように、アジアの文化の流れを感じるにも修練が必要だ。
日本人は、たまたま明治で脱亜入欧してからの百年以上、アジアの文化の流れから遠ざかった時代に生きていただけかもしれないし、単なる芸能界の話のように見えたとしても、韓国をはじめとしてアジアの国々との交流は盛んになってきている。アジアはこれからもっと緊密になるだろう。

明日からカンボジアへ。寒い日本から、熱帯のアジアへ!

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2012.01.18

サステナブルな質問

サステナビリティあるいはサステナブルであることについての質問を受けた。

サステナブルということに関心を持つようになったのはいつかというのが最初の質問だった。これははっきりしていて、1992年のブラジル・サミットのときで、それまでエコロジーや環境保護という立場から関わっていた環境問題に、あえてこの会議World Summit on Sustainable Developmentで「持続的発展」という概念が与えられたからだ。

この「持続可能」Sustainableという概念は、とても巧妙に考えられたものだ。80年代末あたりから国際的に環境問題に取り組む合意が求められるようになって、この言葉が生まれた。この持続可能ということに、異議を唱える人はほとんどいない。持続可能という言葉は、なにか生物的でもあるし、また現状の経済利益の維持はそのままというようにもとれるし、誰もが折り合いがつけやすいものだ。

この言葉は合意をとりつけやすいが、その後の展開は、逆に不明瞭になったかもしれない。ぼくは不明瞭になったと言い切ってもいいと思う。

ぼくはやはりエコロジカルな観点と照らし合わすことを原則として考えないとならないと思う。とりわけデザインということでは、いかにエコロジカルな要素を考慮するかということが原点だ。

ただエコロジー、つまり生態学という観点だけでは、われわれの文明や文化を語るには不十分だとも思う。エコロジカルな線上で、文明、文化を包括するような概念が求められているのではないだろうか。

その概念がうまく機能するようになったら、「サステナブル」という過渡期の概念はいらなくなるかもしれない。

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2012.01.10

東海茫茫望轉迷

距離と時間は相関関係にあり、かつてはどこそこは歩いて何日のところにある所と語られたように、距離を示すのに時間が用いられた。

新年は、東の海を一飛びで、日本と中国大陸を往復する。東京と上海の飛行時間はわずか2〜3時間。
江戸初期に、杭州から日本に渡った東皐心越禅師のころは、この距離は、いったいどれだけの日数がかかったのだろう。

われわれは、新しい技術が登場するたびに、時間と距離の概念をあらためる。それは概念というよりも、むしろ心理的なものなのかもしれない。かつての心越禅師の命がけの大旅行の距離は、いまではゆっくりと座って数時間を過ごすだけだ。

遠い故郷に残した親を思う詩。禅の高僧であっても、それは変わらない。

白雲不共海東齊,東海茫茫望轉迷
終日思親人不知,一日思親十二時

思親引
東皐心越

おそらく親を思うことは禅僧にとっても「俗」ではないのだろう。しかし、東皐心越禅師がこころに浮かべた親のイメージを結ぶ空間の距離は、ジェット機で杭州を訪れたぼくが体験した距離とは比較にならないほど遠いだろう。

東海は、いまも過去も同じ様に存在しているのだが、東海のイメージはまったくちがうものだ。10年ほどの間でも、距離のイメージは大きく変わる。中国で時速300キロ以上の高速鉄道に乗り、400キロ以上の速度を出すリニアモーターカーを見た。上海と杭州の間は、高速鉄道でわずか45分ほどだった。

ぼくの意識は、古代に向かって探索しようとしている。時間と距離のイメージは、そのうちあまりにも変わってしまうだろう。
以前ブルックリンに住んでいたぼくにとって、ウディ・アレンの「ブルックリンとマンハッタンの距離は月よりも遠い」の言葉は、ニューヨークの移民の歴史を調べていたので理解できた。しかしこの距離感もいまでは共感できる人は少なくなっているのではないかと思う。
ぼくたちは、距離感を常に再確認しながら生きなければならない文化の時代にいる。

新年は、東の海の上空を飛び越えることで始まった。
いまは位置情報とテクノロジカルなアートについての論文を書いている。

時空間のイメージを刷新し、次を構想していこう。

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2011.12.30

self sufficiencyとフロー

四季が変わり、また春が来ると、新たな生命が芽吹く。そういう自然の循環のなかにわれわれは生きている。
そういうことが、とてもありがたく感じる。地震と津波があり、また放射能汚染という状況のなかにあるから、ことさらありがたく感じるのだと思う。

2011年は忘れない年だ。忘れられない、あるいは、忘れさられない年だ。その年も暮れようとしている。
この年を忘却の彼方に置くことができない。東北の被災地の復興にはまだ時間がかかるだろうし、物理的にもとに戻っても、こころのある部分は戻らない。

どのように様々な困難に対処すれば良いのだろうか。

ぼく個人としてはそのきっかけを、self sufficiency(自給自足)を原点としたフローの創出ということから考えることにしたいと思う。それは食物やエネルギーの自足というだけでなく、オープンソースのアプリケーションやシステムの構築や開発ということもあるし、現在から未来までを見渡した自給自足の流れというものだ。また自給自足というと孤立した社会での自給自足を考えがちだが、孤立するのではなく、そういう共同体の連合によって形成されることで生まれるフローのイメージだ。

また哲学とか思想のように結実する意識も必要だろう。ウンベルト・エーコの「ある国が、世界的規模で物事を考えられる意識を生むためには、歴史的な大事件を経験しなければならない」という言葉は、われわれが受け止めるべき言葉のように思う。

時間の矢は止まらないし、世界は変化し続けている。正解は見つけにくく、解を求め続けるだけだ。とりあえず前へ進もう。

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2011.12.20

あまりあたらない未来予想について

未来予想いうのは、現在の状況に照らし合わせたものから、ほぼ抜け出ていないものなのだが、ついつい本気で受け取ってしまう。だが、その予想が実現する確率は、もしかすると星占い程度(この程度をどう解釈するか)かもしれないように思うが、どうだろう?

子供のころに、「交通の図鑑」というのがあって、そこに描かれている近未来の東京のイメージは、東京湾にかかるベイブリッジあたりから見る光景にそっくりで、交通などに絞ると、未来予想は当たりやすいのかもしれない。

アルビン・トフラーの「第三の波」は、最近調べたてみたら、公立の図書館でも保存庫に入っていたり、いまや誰も見ない、過去に忘れられたベストセラーだ。工業社会が終わって、情報社会が訪れるといったトフラーの1980年の「予想」は、ほぼ筋書きどおりに実現されてしまって、誰もがいまやその現実のなかにいるので、有り難みが無いのかもしれない。
しかしこのblogでも以前書いたと思うが、彼の予想の興味深いところは、むしろ終わりの章に書かれている、第三の波を迎えた社会の不安でネガティブな事柄だ。

もともと技術に基づいた予測というのは、いつも明るい未来を約束する。すばらしい形容がされて、多くの人がその話にもとづいて夢を描いてしまう。
原子力の実用化も、われわれは「太陽を手に入れた」というすばらしい言葉で語られたので、実用化されはじめた時期を体験した人たちは、この技術への思い入れが大きい。(例えば、この時代を象徴するマンガの「鉄腕アトム」は、まさに原子力の子であり、その明るさも、また終焉さえも、太陽と関わっている)

ぼくはいまある大方の予想もかなり外れていくと思うし、時折、僕自身も言っている予想めいたことも外れると思うのだが、それでも予想というのは気になるものだ。

しかし、世界の様相は、めまぐるしく変化し、その変化を過去をモデルに読み取るというのは、まったく難しい。あるいはほぼ無駄なことだとさえ思う。

ただぼくは予想する、あるいは予測することと、イメージするというのは、微妙に違うもののように思う。前者は、過去のデータをもとにしたものであり、後者は、ほぼ無の状態のなかで、むしろ何かしらの必然性があって現れ出るものだ。

イメージすること、それは、ふつうの想念を超えたものの様に思うし、イメージの力というのは、尋常ではない方法で出てくるものではないだろうか?

これからをイメージできるだろうか?

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2011.12.10

鴎鷺忘機

古琴の名曲「鴎鷺忘機」は、「列子」のなかの物語の一つを題材にしている。海鳥たちととても仲の良い日々を送っている漁師がいた。彼が海に出るといつもたくさんの海鳥たちが集まり、ともににぎやかに唄っていた。ある日のこと、漁師の父親が「おまえはいつても海鳥たちと楽しくやっているそうだが、あした海に行ったら、何羽かわしのためにつかまえて来てくれないか」と言った。翌日、漁師が海に出ると、海鳥たちは彼のこころを見透かすかのように、遠くにいて、もう二度と彼の周りには近づかなかった。

この演奏は、名演奏家である溥雪齋が1956年に録音したものであるという。彼は日本軍国主義がつくった満州国皇帝溥儀 のいとこにあたる。この録音から10年の後、文化大革命によって糾弾されていた彼はある日姿を消して、その後誰も彼の姿を見ることはなかったという。おそらく彼は自殺したのではないかと考えられている。
1966年には、文化大革命の一連の争乱によって、小説家の老舎が同じく自殺に追い込まれた。文化大革命は、貴重な才能を奪った。実際には、数知れない貴重な才能や文物が失われただろう。

ところで鴎鷺忘機の説話は、自然に対して人間が自分たちの欲をもって接すると、自然は遠ざかっていくことを示している。自然とともにあるためには、自らが自然と一体とならなければならないということだ。
人間の文明は、自然を中心に考えていかなければ、先はない。

最近、とくに思うのは、東洋は東洋らしさを失っているということだ。東洋は東洋らしいのがいい。東洋のものの考え方は、いまの世界に必要なのだが、その東洋の国々がすでに東洋らしくない。その非東洋の最初のモデルが日本だが、東洋の思想の中心であった中国も、すでに東洋ではない。もしかするともっとも東洋らしいのはカリフォルニアあたりかもしれない。いつのまにか海を渡っていたのだ。

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2011.12.01

絶滅するもの

ある国が、世界的規模で物事を考えられる意識を生むためには、歴史的な大事件を経験しなければならない
ウンベルト・エーコ
「もうすぐ絶滅するという紙の書物について」
N'espérez pas vous débarrasser des livres

このウンベルト・エーコとジャン=クロード・カリエールの対談を本にまとめたものは、単に書物の行く末を案じたものではなく、広く人類の知識を問うものだ。

原題「N'espérez pas vous débarrasser des livres」は、「書物がなくなったりするとは思うな」というような意味だと思う。ちなみにこの本の英訳のタイトルは、「This is Not the End of the Book」
だ。邦訳のタイトルは、エーコたちが書物について強気で語っている内容に反して、やや弱気(?)な印象を与えているのではないかと思う。

エーコが書物が終わらない理由として、書物はすでにもとより進化しきったものであり、車輪という技術と同様なものだからだとしている。
これはなるほどわかりやすい例えだ。車輪が無くならないように、書物もなくならない。

ところで、この対談のなかでエーコたちが語っている事柄から啓示を受けるものが多いのだが、冒頭に引用した言葉は、ことさらにはっとさせられるものだ。これは直接には、書物のことではなく、むしろ文化そのものについて言えることだ。

われわれ日本に住むもの(日本人ではなく日本に住む人たち)は、「歴史的な大事件」を今年、体験している。エーコの言うことからすれば、われわれは「世界的規模で物事を考えられる意識」を生み出すべき状況のなかにいる。
だがこのことに反して、日本は学ばないという指摘も多い。

このような批判は、国の内外を問わずにあるのだが、それがまともな形で状況を打開することに結びついていかない。

エーコたちの書物についての対談に関してはまた別の機会とすることとして、現在の日本はかなりやばい。
世界的規模で考えることができないと、それこそ絶滅するようなところに来ていると思う。


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2011.11.20

身体と精神のポストデジタル

身体と精神の二元論というのは、年齢を重ねるにつれてますます明確になってくるものかもしれない。気持ちはあっても、思ったようには身体は動かなくなってきて、そのリアリティを感じるものだ。

東洋では、そのリアリティに逆らって、身体を鍛錬し調整して目指すのは、仙人の道、つまり不老不死だ。古来より成功した例は伝説以外にないが、それでもこのタオの道にひかれる人は絶えないだろう。
一方、医学の飛躍的な進歩に期待して不老不死を目指すしているのは、2045年あたりは人間が不死に向かうsingularityとなると言うレイ・カーツワイルだ。

ポストデジタルpostdigitalというのは、むしろデジタル文化の最先端であって、かねてよりデジタルな文化のただ中にいた人々が、ポストデジタルについて話しあっている。(この文章を書いている現在、twitterで「ポストデジタル」で検索してもぼくのつぶやきだけだが、postdigitalで検索すると多数のつぶやきが出てくる。)
電子音楽のミュージシャンのキム・カスコーンが、 The digital revolution is over. — Nicholas Negroponte (1998)(「デジタル革命は終わった」)ニコラス・ネグロポンティ)という元MITメディアラボのディレクターのネグロポンティの言葉を論文"The Aesthetics of Failure: "Post-Digital" Tendencies in Contemporary Computer Music"で引用したころから、具体的に「ポストデジタル」傾向について論議されだした。その引用の出自は不明だが、すでに1998年の時点でデジタル革命は終わっていると宣言されたことになる。

このポストデジタルの定義は、さらに議論されるべきものだろうが、ぼく自身も、技術の進展はさらに続くが、デジタル革命のもっとも中心となるピークは終わった様に思う。それは蒸気機関の革命期の長さと同じように、一つの技術革命がインパクトを持つ時期は短く、その後は一般的な技術として普及していくプロセスと同様だ。

ところでSingularityという言葉は日本語では「特異点」と訳されている。

「特異点(とくいてん、singularity)は、ある基準 (regulation) の下、その基準が適用できない (singular な) 点である。」Wikipedia

前出のカーツワイルの話の結論がどうであるかは別にして、ポストデジタルの時代は、まさに特異点だらけになっていくように思う。
その最たるものは、もしかすると身体と精神というようなものかもしれない。古来よりさまざまに解釈され、デカルトで近代的な概念が与えられたようなものが、さらにまた新しい定義に至るような気がする。そしてそれはデジタル技術によってDNAの全解析が終了した身体よりも、つかみどころのない精神の方に重点が置かれていくように思える。

ぼくは、人間は、もっとスピリチュアルになっていくように思う。あるいはスピリチュアルなものをもっと受け入れながら、進化するのではないだろうか。

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2011.11.09

時間と芸術II

クリスチャン・マークレイの「The Clock」が横浜トリエンナーレで上映された。これはサイレント映画から現在までの前世紀の世界中の映画を収集したもので構成されたアプロプリエーション・アート作品だ。アプロプリエーションを用いるマークレイらしい手法だが、この作品は、彼のいつもの作品以上にインパクトがあった。

観客は、見おぼえがある劇映画の数分のシーンの断片がつらなっている映像を見る。各シーンのつながりには根拠がなく話の「スジ」もわけがわからないままだが、カットのテンポの良さにつられてついつい見てしまう。これは前後の意味がわからなくとも、短い映像が連続してつらなっていると、映像にひきこまれるという心理的な要因によるものだ。
しかし、各シーンにやたらと時計が登場するのに気づく。もっとも多いのは腕時計だが、シーンの遠景に時計台がうつっている場合もあるし、部屋の置時計がクローズアップされたりしている。しかもそれらの時計が示している時間が、映画のそれぞれのカットには連続性もスジも無いにも関わらず、時間が継続しているのに気づく。
そしてさらに、その映像のなかの時計が示す時間が、現在の自分の実時間、例えば携行している腕時計や携帯電話でわかるその瞬間の時間と同じであることに気がつく。

映画のなかの時間と、実際のその場の自分が知る時間、つまりリアルな時間が同じであるということに驚き、マークレイの作品のなかにさらに何か仕掛けがあるのではないかと思ってひきこまれていく。

この作品を見ていると、映画というのは、時間に支配されているのがよくわかる。それは単に時計が画面に登場するからというわけでなく、例え時計が登場しなくても、映画の時間のなかに観客はとりこまれているものだ。小津安二郎監督の長回しのシーンなども、きわめて時間的な様に思えて来る。サスペンスものなどになると、この傾向は一段と著しくなる。
マークレイのこの作品はそれを気づかせてくれたと言っていい。

芸術はかなり時間を意識したものであるのは確かだ。季節の移り変わりは、古来より、とりわけ芸術的なインスピレーションを与える。その時間感覚は、歴史を経て、ますます短くなっているように思える。
われわれは、一瞬を、あるいは刹那を味わうようになってきているのではないだろうか。それも進化の証左であるのかもしれない。

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